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「書く文化」と「話す文化」 その3

日本語は「書く文化」で英語は「話す文化」となぜ私が考えるのかを書いて来たけれど、それはどちらの方がいいとか優れているとか言うためではない。 それぞれに足らないものは何なのか、それぞれの強味は何なのかを知り、そしてそれぞれの違いを認識することは、よけいな劣等感やストレスを抱え込まずに英語を学習したり、外国人と人間同士としてのコミュニケーション(意思疎通)を図るためのヒントになるのではないか、と考えているからだ。

今も時々日本のTVでやっているのかどうかわからないけど、「おじいちゃん、おばあちゃん初めての海外旅行」という番組を友達がビデオに撮って当時ウィスコンシンにいた私に送ってくれた。 その中で、今でも印象に残っているシーンがある。 ある老夫婦がハワイかどっかに初めて行くのだが、空港から番組が手配した車でホテルに向かう。 運転手は現地のアメリカ人。 おばあちゃんが日本語がほとんどわからない運転手に日本語で聞く。
「あなた結婚してるの?」
運転手「???」
「結婚よ、結婚。 奥さんいるの?」
「???」
「えーっと、そうそう、ワイフよ、ワイフいるの?」
「Ah~, wife! No. I’m single.」
「え? 何?」
「I’m single.」
「え? シングルって言った?」
おじいちゃん「シングルって一人ゆう意味ちがう?」
「あ~、そのシングルね。 あなたね、シングルよりね、ダブルの方がいいわよ~」
初対面の人にいきなり結婚してるかどうかを聞くのもなかなかの度胸だと思うが、独身がシングルなら、既婚者はダブルという発想にまずは脱帽。

アメリカ人は質問されるのに慣れているし、またよくこんなことまでここで聞くの?というようなことも普通に質問して来る。 だから、この運転手もさほど気に障る様子もなかった。 こういう部分は私が考える「話す文化」の強味。 そして、英語が話せなくてもなんとか会話してしまったおばあちゃんが知っていた単語、「ワイフ」と「シングル・ダブル」。 これらをおばあちゃんは英語話者が話した単語として知っていたと言うよりはどこかで読んだりしたのではないかと想像する。 こういう一般的に言って英語に疎い世代でもちょっとカタカナ言葉を知っているのは「書く文化」の強味だと思う。 そして、日本人にとって一般的に言われている「話下手」の劣等感。 それが、このおばちゃんには全然ない (概して女性の方がよく喋る)。 そして相手の運転手。 老夫婦の調子がこんなだから、流暢な英語の会話ができないとわかっているので、少しは「聞く」耳を持ち、相手が何を尋ねているのか、理解しようと努力している。 つまり、それぞれに足らないものを補い合い、強味を生かしてコミュニケーションを成立させているところに私はとても興味を引かれた。

でもこれは極端な例で、この例を出したからと言って、英語がそれなりにできる人に向かって「日本語丸出しの英語で良いから勇気を出して話してみましょう。」なんて言うつもりは毛頭ない。 そういう日本人としては「英語ができる」とされる人達の抱える問題は何なのか、と最近よく考える。 根性論や精神論で英語ができれば苦労はいらないだろうし、楽しいだけの英語学習で本当にいいのだろうか、今までの「書く」学習を無駄にしない方法は? とか、はたまた「英語ができる」だけではだめ、それに加えてなんらかのプラスαが必要、そのプラスαとは? 云々。 「書く文化」の国、日本で教養を身に付けた日本人がやって来た「話す文化」の国、アメリカ。 「話す文化」に迎合するのではなく、日本人としての存在意義を保ちながら、効果的な意思疎通を図るには、どうすればいいのか、そんなことを採点のアルバイトをきっかけとして考えている。 考えが今あちこちに飛んでいる状態。 これから寝て、また明日考えよう。


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by soylista_y_bonita | 2005-05-10 16:55 | アメリカの言語