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言葉は変わるもの・・・


J.D.サリンジャーの『大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章』を読んでいるとこの下のエントリーで書いたけど、20年前にこの本を読んだ時、正直言ってよく理解できなかった。 それで、結構ずっとその「よく理解できなかった」ということを引きずって、そのうちまた読み直してみよう、なんて思っていた。 “そのうち”が20年後になってしまったわけだけど、今回読み直してみて、なぜよく理解できなかったのかわかったような気がする。 言葉が古いのだ。

オリジナルの『大工よ、屋根の梁を高く上げよ (Raise High the Roof-Beam, Carpenters)』は1955年、『シーモア-序章 (Seymour -- An Introduction)』は1959年に書かれた後、1963年に一冊の本として出版され、私が持っている新潮文庫版の日本語訳は1970年に河出書房新社より刊行されている。 オリジナルが出て既に50年、訳が出て35年経過している。 今もこの訳が全くの手入れなしで発行され続けているのかはわからないが、もしそうだとしたら、若い読者は国語辞書がいるかも知れない・・・というぐらい今はもうほとんど使われていない言葉が出てくる。

例えば、『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』の中に出てくる“パンケーキ”という言葉。 今はいわゆるホットケーキの別名みたいな感じで日本では定着していると思うが、私も覚えているけど、70年代の日本で“パンケーキ"と言えば、今で言う化粧品の“ファンデーション”のこと。 原書の方も“pancake”となっていたので、ちょっと調べたところ、マックスファクターの商標だそうだ。 この他にも私自身読み方もおぼつかないし、意味もわからない“斥候(せっこう)”なんて言葉も出てきた。 “斥候”の意味は「敵状を偵察・捜索させるため、部隊から派遣する少数の兵士(広辞苑)」だそうだ。

それより増して、私にとって理解が難しいのが『シーモア-序章』。 訳された方は非常に苦労したのではないかと同情する。 一つの文がやたら括弧や、挿入やらでダラダラと続き、はっきり言って読みにくい。 これは訳がまずいというのではなく、原書がそうで、サリンジャーがとにかく頭に浮かんだことはとりあえず全部入れときましたー、って感じなのだ。 サリンジャーの主要作品はほとんど読んだけど、この『シーモア-序章』は言葉の古さも相まって格別に読みにくい。 それまでの作品が台詞も入って描写的なのに対して、『シーモア-序章』は独白スタイルで、なんて言うのか、気難しいおじさんが延々と独り言をブツブツ言っている(書いている)ような感じ。

「ライ麦畑でつかまえて」が村上春樹の訳で「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(←私はまだ読んでいない)として2年前に出たけど、『大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章』も現代語訳と言ったら大げさだけど、もう少し読みやすい訳が出てもいい頃なんじゃないかな、と思ったりする。


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by soylista_y_bonita | 2005-11-07 17:19 | アメリカの言語