これからどうする、どうなる!? アメリカで!

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カテゴリ:アメリカで生活する( 82 )

理想のトラベル・マグ

私が理想のトラベル・マグを探し出してから、かれこれ10年近くになる。 どれを取っても「帯に短し、たすきに長し」というものばかりで、探してはいるものの妥協できなくて、一個も買ったことがなかった。 私の理想のトラベル・マグの条件は・・・
プラスチック製じゃないこと (あっついコーヒーを入れるのにプラスチックはちょっと抵抗有り)
取っ手(ハンドル)が付いていること (やっぱり取っ手は付いてると何かと便利)
飲み口に蓋ができること (飲み口に蓋がなかったら中身がこぼれる)
スライド式の蓋じゃないこと (スライド式の蓋は中身がもれる)
飲んでいる間は飲み口の蓋を固定できること(飲む時マグを傾ける度に蓋が鼻にあたるとうっとしい)
見た目がそれなりにかっこいいこと (やっぱ飲むのが楽しくなるようなのがいいよねぇ)
車のマグ受けに入る (持ったまま運転するわけにいかないし)
価格は税抜きで$10(日本だったら千円)以下 (マグにそれ以上はかけられません)

特に最後の$10以下では正直な話、理想に近いマグは買えないので、これが一番高いハードル。

ところが、めぐりめぐって・・・ この間アルバイトが終わって、なぜかすごーくキャラメルマキアートが飲みたくなり、同じショッピングモール内にあるスタバへ寄る。 目的のものを入手して「んー、なんか薄いなー」と思いながら店内をブラブラしてると、アンテナがピピッと反応したよー、“Clearance”の文字に! そこに一つだけ残っていたマグが理想のマグに限りなく近い! あと問題は値段だ。

さてさていくらだったのでしょう!?
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by soylista_y_bonita | 2005-09-02 15:23 | アメリカで生活する

ダッ カム!

このブログにも時々登場するうちの一人息子、K、2歳8ヶ月。 この間も書いたけど、色々とおしゃべりをしてくれておもしろい。

この間、夫のTがKをシャワーに入れて、上がって来たところで私がKの体を拭いていたら、突然
「ダッ カム! ダッ カム!」
と言い出した。 「え~何~」と思いながら、指差している方を見ると、バスルームで使っているゴミ箱が。。。 そしてそのゴミ箱にゴミ袋としてウォルマートの袋を入れてあったのだが、そこに小さな文字でなんと
"Walmart.com"
とあるではないか! それも袋の内側から見ていることになるので文字としては反対(裏返し)だ。 (こんな説明で状況わかるでしょうか・・・) 以前はウォルマートの袋を見たら「ウォルマートショッピング!」と言っているのを聞いてそれだけでも感心していたのに、まだ3歳未満なのにもう字が読めるのか~!? それに発音いいじゃーん! と更なる親バカぶりを発揮。 一体どこで「ダッ カム」って聞いたのかな? やっぱりTVだろうか。

こういうことは割と覚えが早いくせになんでまだ「ママー、おしっこー」が言えないんだろ・・・ トレーニング始めてかれこれ半年以上も経つのになぁ。 もうパンツ手洗いするのいい加減飽きたぞー!


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by soylista_y_bonita | 2005-09-01 16:47 | アメリカで生活する

TのB-day

「誕生日」の“Birthday”を“B-day”と言ったりすることを知ったのは、クリントン前大統領がモニカ・ルインスキーとのスキャンダルの渦中にいた時だった。 モニカの友人だか誰だかの証言の中で「モニカが言ったこと」として調査報告書に載った会話の一つに出て来たのだ。

今日8月27日はTのB-dayだった。 ご近所さんやら、Tのクラスメートやらを呼んで誕生日パーティをやった。 去年はTの大好物、お好み焼きを計6枚ぐらい焼いたので、パーティの間中、私はずーっと台所にいた。 だから今年は少しは私もパーティを楽しもうと思い、いっぺんにできるバラ寿司(関西風まぜちらし寿司)に今回は決定!

そこでこの間、アジアンマーケットに行って、バラ寿司用の具の缶詰を買って来た。 あまり時間がなかったので、さっと見つけてさっと帰って来てしまったのだが、家に帰ってからよく見ると、製造会社が実家からさほど遠くない町にある会社だった。 「あー、だからこの缶、見覚えがあったのかー」なんて思ったのもつかの間、缶の上部の刻印が目に入る。
「021803」
ぎょえ~、2年半も経ってるじゃーん!! でも・・・返しに行くのも面倒だ。 まー、大丈夫でしょ。 というわけで使ってしまった。

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本当は錦糸玉子を作ろうと思ったけど、ついつい面倒になって、玉子を炒って玉子そぼろにしてしまった。 なんて適当な。 でもバラ寿司って家庭の味だからさー、いいのよ、適当で・・・とこじつけの言い訳を自分にしてみる。

わりと皆このバラ寿司、いけたみたいで、ほぼなくなった。 ホッ。 この写真の後、タイから来たクラスメートがトムヤムクンを作って持って来てくれたり、果物、コーンチップやら飲み物やらワインやら、色んなものを皆が持って来てくれて、おいしくて楽しいパーティになった。

そしてこの夜、アイソトープスのナイトゲームが終わってから、球場でこのシーズン最後の花火が上がった。
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こうやって、Tの誕生日が過ぎると秋がやってくる。
Happy Birthday!!



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by soylista_y_bonita | 2005-08-28 16:23 | アメリカで生活する

Albuquerque Isotopes

しばらく更新をサボってしまったので、遅いアップとなってしまいましたが、先週の日曜日(8月14日)、マイナーリーグトリプルAチーム、アルバカーキアイソトープス(フロリダマーリンズ傘下)の試合に行って来ました。
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この日の対戦相手はニューオーリンズゼファーズ。 試合自体は前日の試合が雨のため、この日に順延となり、ダブルヘッダーだったこともあるのか、アイソトープスの選手達はイマイチやる気がなさそうな展開でした。 案の定ボロ負け・・・ それでもPacific Coast Leagueでは現在第3位についているアイソトープスです。


c0039355_15284294.jpg ←スコアボードは結構派手。




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天気も曇り勝ちで暑い中観戦する野球の盛り上がりがなかったのは残念でした。 ちなみに、右側の旗は言わずと知れた合衆国国旗、中央はニューメキシコ州の旗、左側はアルバカーキ市300周年記念の旗です。 →


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胃が痛いと言っていた翌日なのに、こんなモノをついつい買ってしまいました。 ジャンボチリドッグ$5.25とピンクレモネード$2.75。 このレモネード、これでもSサイズ・・・ もともとチリドッグが大好きな私。 でもこれはかなりの大きさだったので、Tと半分こしましたが、試合後家に帰って来てからまたちょっと胃が痛くなってしまいました。 (自業自得よねー。)


c0039355_15352658.jpgアイソトープスパークには野球観戦に飽きた子供用にプレイグラウンドがあります。 Kはここにあるジャンパーで遊びたくてぐずぐず言い出したので、試合そっちのけで来てしまいました。(ジャンパー: 空気で膨らんでいて、中でただ飛び跳ねるだけのもの。 それでも子供にとってはすごく楽しいらしい。5分$1。)


c0039355_15374685.jpgそして、この球場から見えるうちのアパート群・・・ 私達が住んでいるのはこの建物ではありませんが、まさに球場の真裏あたりに住んでいることになります。


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by soylista_y_bonita | 2005-08-22 15:59 | アメリカで生活する

This is mine!

うちのもうすぐ2歳8ヶ月になるちびプリンス君、Kは少しずつ完全な文章を言えるようになって来た。 それまでいつも単に "Mine! Mine!" と何に対しても独占欲丸出しだったのだけど、昨日初めて "This is mine." と言った時にはつい、「あ、そうでしたか。。。」って感じで指差していた鉛筆を渡してしまった・・・

最近のお気に入りフレーズは
"I did it!"
まぁ、本人は文章という認識はないのかも知れないけど、ちゃんと言っている。 こっちは「それどこで聞いたの~?」と不思議に思っている。 他には、冷凍濃縮ジュースに水を加えてジュースを作るってアメリカでは一般的なのだが、それを作っている真似をして私に
"Mama, you want juce?"
なんて聞いてくれる。 コップにジュースを入れる真似もして、"Here you go."と言って渡してくれる。 私がそれを飲むふりをして、「あー、おいしかった。」なんて言うと、今度は「もっと?」と聞いてくる。 なんでそこだけ日本語やねん! て感じだけど、私としてはもっと日本語を話してほしいな。

これに加えて、最近ご近所さんの韓国人家庭に昼間約3時間ほどベビーシッターを頼んでいるのだが、私が仕事の前に連れて行くとなんと「アンニョンハセヨー」と言って頭まで下げたのにはびっくりこいたよ。 そこには4歳の女の子と2歳になったばかりの男の子がいて、Kはもう毎日そこのお家に行くのが楽しみでしょうがないみたい。 そこのお家にいる間は言葉は韓国語なので、彼はそこの子供達の名前は英語名じゃなくて韓国名で呼んでいる(らしい)。 家に帰って来てもたまーに、韓国語っぽい言葉を言うのだけど、私にはそれが韓国語かどうかさえ実はわからない・・・

中国人のお家に遊びに行くと中国語を覚えて来るし、お隣りのNさんちに行くとスペイン語だし、すごいマルチリンガルな環境だ! ここのアパートに住んでいる子供達のほとんどはネイティブなバイリンガル。 で、親もバイリンガルが多いが、時々英語だけでは意思疎通がうまくいかない時があるので、中国人の方と話している時は時々筆談となる。 おじいちゃん、おばあちゃん世代になると、みんなモノリンガルなので、孫が通訳してたりするんだよね。 こういう環境なので、Kがマルチリンガルになれる可能性も有りか!と期待したりしている。 でも問題は私の方がせっかくKが何か言っていてもそれが何語なのかわからないことだ。 まー、今はまだ半分以上が“K語”なんだけどね。


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by soylista_y_bonita | 2005-08-13 15:39 | アメリカで生活する

とうとうアメリカのTVにデビューする!

ニューメキシコ大学法学部での講演の前にあったスペイン語放送局の取材。 実際に来た人は英語で話していた。。。 英西の通訳さんは用なしになってしまった。 でも、被爆者の話を聞いた感想を聞きたいから、最後までいてと局の人に言われていた。 取材時間は45分ぐらいあった。 橋田さんの体験談を全部語って頂き、質疑応答までやった。

当日の夜10時から放送があると言っていたので、家に戻ってから、ビデオの用意なんかもしちゃって、待っていたら、テーマソングと共にニュースが始まり、今夜のニュースのあらましが出た。 そこに二人の被爆者と私が一瞬登場! 「おぉ! アメリカのそれもスペイン語放送にデビューしちゃったよぉ、私!」なんて思っていた。

そして、実際ニュースが始まったのだが、スペイン語だからまるでちんぷんかんぷん。 人相の悪い人達の写真が出て来て、「あー、この人達悪いことしたんだろうねー」などと考えていた。

そして、とうとうまた一瞬私達登場! 原爆のきのこ雲の映像がはさまり、例の通訳さんがスペイン語でコメントを述べていた。 それから~???って思っていたら、それで終わりだった・・・ まじ? 私達全然しゃべってないし・・・ 取材時間45分なのに、オンエアーはたったの5秒程??? これがTVの現実ね。 被爆者お二人は次の日、非常に速い便で日本へ帰国だったので、きっと見てないと思う。。。 見てないことを祈る。。。


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by soylista_y_bonita | 2005-08-10 18:17 | アメリカで生活する

緊張した~

とうとうやって来た8月8日の月曜日。 まぁ、そんなに大袈裟に構えることでもないのかも知れないけれど、ボランティアとは言え、とても貴重で大切な被爆者の方の体験を通訳するという、私にとっては大役だ。

広島と長崎からいらしたお二人は私の当初の心配なんかあっと言う間に吹き飛ぶようなとーっても気さくで、すごーくいい人達だった。 耳はちょっと遠かったけど、ウィスパリングも大丈夫だった。

長崎出身で今熊本にお住まいの橋田さん(女性)は今回が初めての海外旅行。 今までは人前で話すのが下手なのでいやだったが、60年経ってあの時に亡くなった、そしてその後亡くなったお友達が「行って来て。 そして私達の話をして来て。」と言っているような気がして75歳になった今背中を押されてやって来たのだそうだ。 被爆した当時彼女は15歳。 その時の様子を克明に覚えておられ、彼女が話す原爆投下後の様子は生々しい。 元から非常に涙もろい私。 通訳している途中で何度か声につまってしまった。 これだから、本物の通訳にはなれない・・・

広島出身で現在東京にお住まいの上田さん(男性)は被爆当時3歳。 彼はほとんど何も覚えていないそうで、当時26歳だったお母さんから色々とお話を聞いて育ったそうだ。 彼自身が体験したことを自分の言葉で表現し、そして世界に訴えたいことは被爆者が60年たった今も抱えている心と健康の問題と核兵器が及ぼす影響の実相だった。 そして、被爆者が一番に望んでいること、それは核兵器の廃絶。 9・11同時多発テロがあった時、ブッシュ大統領は「報復」という道を選んだが、日本は無条件降伏ということもあったのだけれど、「報復」ではなく生き証人として核兵器の恐ろしさを世界に伝え、廃絶を目指す、そういうことを一番伝えたいとおっしゃっていた。

お二人に共通している感情の一つは「なぜ自分は生き残ったんだろう? どうして生き残って“しまった”んだろう?」「なぜ自分はあの時誰かを助けることができなかったんだろう?」という自責の念だ。 60年間ずっとそれを自分に問いかけ、表面では明るい感じなのだが、そうやってきっと自分をずっと責めて来たのだろう。 それに対して、「原爆を落としたアメリカにやって来て、原爆の実相を話し、平和へ道を開く、という使命をまかされたからではないですか?」というのが精一杯だった。

もう一つは「いつ自分は死ぬのか。」「いつ癌にかかるのか。」という不安だと言う。 若年に被爆した場合、癌にかかる確率が非常に高いそうだ。 それに放射能は遺伝子に影響を与える(一部を破壊する)そうなので、のちのちの子孫に影響が出たらそれは自分の責任だ、、、という健康への不安。 ちょっとした異変が非常に気になるとおっしゃっていた。

橋田さんが言った「平和も戦争も人間が作り出すもの。 どちらを選べばいいかははっきりしている。」という言葉が印象的だった。 そして彼女は色んな人と話す毎に「色んな人と話ができて楽しい。 人間って素晴らしい!!!」を繰り返していた。

通訳としては話を聞きに来て頂いた人達に謝りたい気分。 アルバカーキに住んでいる日本の方も何名かいらしていたので、私が話をすっ飛ばしてしまったり、ちょっと予習して行っていたので、まだ話していないことを先に訳してしまったりしたのがバレバレだったと思う。 全く持って "Lost in Translation"だ。 それでも少しは伝わった様子だったのは嬉しかった。 私自身もたくさんの本当に色んなことを学ばせてもらった。 「私がアルバカーキに来た意味は何なんだろう、、、仕事も見つからないし。。。」と思っていたけど、こういうことができた。 それだけでも意味があったような気がする。 そしてお二人から沢山の元気も頂いた。 健康で何の不安もない毎日はそれだけで素晴らしいものなんだ。 人間って素晴らしい!!!


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by soylista_y_bonita | 2005-08-10 17:50 | アメリカで生活する

ピーター・ジェニングス氏逝く

4月5日に肺ガンにかかっていると告白したABCの看板キャスター、ピーター・ジェニングス(Peter Jennings)さんが今日8月7日亡くなった。 まだ67才。 やっぱりたばこはいけません。 寿命を縮めます。

彼の冷静で時にはウィットに富むコメントやニュースを伝えるスタイルがとても好きだったので、キャスターを降板すると聞いた時は残念だった。 それが、今度はたったの4ヶ月で帰らぬ人となってしまった。

アメリカのニュース番組は今や看板キャスター不在となりつつある。 NBCのトム・ブロコー氏に次いでCBSのダン・ラザー氏も引退した。 トム・ブロコー氏の後を次いだブライアン・ウィリアム氏はなかなか良い線行っていると思う。 が、ABC、CBSはイマイチぱっとしない。 あと看板キャスターと言えばPBSのジム・レーラー氏ぐらいかも知れない。

とここまで書いて気が付いた(そんなのはよ気付けよって感じ?)けど、CNNなどのケーブル局を除いて、いわゆる四大ネットワークと呼ばれるテレビ局に女性の看板キャスターがそう言えばいない。。。 女子アナが結構幅を聞かせている日本とはその辺はかなり違うな。 もっと女性キャスターが出て来てもいいと思うんだけどな。 アメリカって思ってるほど、機会均等の国じゃないのよね。

それはともかく、9・11同時多発テロの時、唯一アメリカに反省すべき点はないのか、と社会に問い掛けた、そして、そのため出身のカナダへ帰れとまで非難されたけれど、負けなかったピーター・ジェニングスさん。 ご冥福をお祈りします。

Trackback:Excite エキサイト : 主要ニュース 元ABC看板キャスターのPジェニングス氏が肺がんで死去



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by soylista_y_bonita | 2005-08-08 19:28 | アメリカで生活する

緊張するな~

明日は例の原爆60周年関連のボランティア通訳をする日。 ニューメキシコ大学の法学部で講演があるのだ。 段々緊張して来た。 グリーンベイ時代に上司と日本に出張した時、日本から取引先が来た時、商品見本市(コンベンション)に行った時などなどの機会にいわゆる社内通訳をやったことはあるけれど、それは自分がよく知っている業界内、仕事の範囲内を大きく越えることはなかった。 だから通訳学校に行って訓練を受けたことがなくても、そんなに緊張することはなかったけど、今回は自分が実際には何も知らない原爆について、それも被爆者の話を英語に直して講演を聞きに来た人達に伝えなければならない。

私は実は日本にいた間も広島・長崎に行ったことがない。 原爆については一般的な知識しかない。 夫は原爆を落とした国の人だし、原爆を開発し、実験したニューメキシコ州に住んでいる。 それを明日会う被爆者の方達はどう思うだろう、なんて思ってしまう。 それと、通常通訳というと、逐次通訳でウィスパリングという方法を取ることが多いのだが、被爆者の方達は高齢なので、耳が遠かったら、ウィスパリングは無理だな・・・なんてことまで心配になってくる。

不安がってばかりもいられないので、今日原爆のことをインターネットで色々と調べて、日本語だけじゃなくて、対応する英語の単語や表現なんかをかき集めてみた。 また基礎知識としても色んな背景や論説なんかも読んでみた。 原爆の構造や種類などの説明は日本語でも難解。 英語で読んだら、しょっちゅう電子辞書のお世話にならなければならなかった。 そうやって集めた単語集、情報はノート8ページ分ぐらいになった。 けど・・・出て来る順に書き出して行ったので、全然整理されていない。 すぐに見つけられるよう整理した方がいいとは思うんだけど、今日はもう疲れちゃったよぉ。

加えて、明日、講演の前にスペイン語放送のTV局が被爆者をインタビューするそうだ。 で、別の英西の通訳も来るとか。 つまり、日英を私がやり、その英語を別の通訳がスペイン語に直す。 逆もまた同じ。 こういう時、スペイン語もできたらなーって思う。

これで思い出したのが、かなり前にニュースステーションにろうあのフランス人女優が出演した時のこと。 名前を忘れたのでGoogleで調べたら、エマニュエル・ラボリと言う人だった。 彼女の「かもめの叫び」という本が日本で出た頃だから、かれこれ10年ぐらい前になる。 日本人のろうあの女優さんも出ていたので、通訳が大変だった。 例えばまず、エマニュエルさんがフランス語の手話で話す。 それをフランス語手話の通訳がフランス語にする。 そして日仏の通訳が日本語にする。 そしてそれを日本語手話の通訳が手話にする。 と3人の通訳が必要だったのである。 話が逸れるが、手話はずっと習いたいと思っていることの一つ。 東京で仕事をしていた時、住んでいた区の手話講座や神戸にいた時の区の手話講座に何回も申込んだけど、申込多数で抽選となり、いつも当たらず、行けなかった。 本やTVでやってたけど、長続きしない・・・

閑話休題。どっちにしても、明日はできるだけのことはやってみるつもり。 でも、講演つったって、一体どれぐらいの人が来るのかも皆目見当がつかない。 すごい大きい講堂だったらどうしよう・・・


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by soylista_y_bonita | 2005-08-08 17:33 | アメリカで生活する

私を英語に引きずり込んだ人達

きっと誰でも漠然と「英語ができたらなぁ~」なんて思ってるはず。 私もご多分に漏れず、「英語をペラペラ話せたら、まじかっこいー!」なんてミーハーな考えの持ち主だった。

私が大学を卒業した当時、ちょうど、CNN Showbiz Todayの地上波放送が始まったぐらいで、そこに「バイリンギャル」の元祖山口美江さんの登場であーる。 彼女がやっていたCNNの番組はニュースとShowbiz Todayの一部を混ぜたような番組だったような記憶があるけど、番組名は忘れた。 あれを見た時、「私も山口美江さんみたいになりたぁ~い!」って思ったものだった。 ある雑誌で紹介されていた「山口美江さん御用達」の靴屋さんの記事を読んで、即そこへ靴を買いに行ったりしたこともある。 ちなみにそこの靴は見事に私の足型にぴったりで、以来そこの靴しかはかなくなり、私とその靴屋さんとの付き合いは山口美江さんの芸能活動より長くなった。 今はもうなかなか買えないのが悲しいけど。

そんなこんなで、山口美江さんをお手本に英会話学校に通い出し、小林克也さんの「ベストヒットUSA」を見て、「すげー、あんなおじさんがポール・マッカートニーとかスティングとためで話してるよ~。 英語ができたらすごいことができるんだなぁ~(←超ナイープ)」なんて思っていたもんだった。

英語を少し勉強し出すと、なぜか世界情勢なんてものも気になり、「CBSドキュメント(アメリカでのオリジナルタイトルは "60 minutes")」を見たりしていた。 最初の頃はTBSの解説委員さん(だったと思う)が案内役で出ていたのだが、後ピーター・バラカンさんと石井苗子(みつこ)さんにキャスターが替わった。 そこで石井苗子さんというすごい女性がいることを知り感嘆。 いつしか目標は、「山口美江」→「石井苗子」に変わっていた。

ニュース番組にもそれまで男性一色だったキャスター達に女性が混じり始め、昨日のログにも登場した小池百合子さん(キャスター時代は“ユリ子”)や櫻井よしこさん、国谷裕子さんなどなど世界の要人達に通訳なしで生インタビューしちゃう女性キャスターがバンバン登場して来た。 「これはオタオタしておれんぞぉ~!」という気合のもと(別にキャスターになるつもりは全然なかったけど)、英語の勉強に没頭し始めたのだった。

初めは軽いノリのミーハーな動機でもそれなりに英語を勉強して行くとやっぱり英語圏の国に行ってみたくなるもんだよね。 ここで、また英語を始めた時みたいな漠然とした憧れ、「海外に行ってみた~い。」に逆戻り。 私を英語に引きずりこんだ人達は皆テレビの人達だから、私になんのアドバイスもしてくれないし、海外留学してまで大学に戻って勉強したいことは全然なかったから、「あ~ぁ、どうする~?」って状態だった。 そんな時、私が見つけたのは「インターンシップ」というものだった。


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by soylista_y_bonita | 2005-08-06 17:04 | アメリカで生活する